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6年前の今日!

お昼も回って、当時担当していたZIP FMの番組の収録を、
ビル9Fにあるスタジオで始めた。
ディレクターとAD君の3人!
最初に軽くマイクが揺れた。あっ地震だね、という会話のあと、
大きな揺れがやってきた。
いつもと違う、いったいこれは・・・
今まで経験したことのないような揺れ。

この日の1週間前、私は友人と渋谷の高層ビルのトップでランチをしていた。
その日も大きく揺れて、かなりの恐怖感が襲ってきた。
びっくりしたね〜と、その日は終わった。
いつもの出来事のように!

そして3.11。

地震が起こった瞬間、思わず、席を立ち、
スタジオの中にあるCD棚を必死に押さえていた。
それほど壁が壊れてしまうかのような揺れだった。
TVがないため、なんのニュースもはいってこない。
携帯でニュースを見たのかどうかすら覚えていない。
どのぐらい続いていたのだろうか・・・・
周りの様子が気になっても揺れがひどくて外に出られない。エレベーターは避けないと・・・

かなり長い時間の揺れの後、ビルはゆるく横揺れを長時間続けた。
ネットのニュースだったのか、ラジオだったのか、アナウンサーの声は津波をつげた。
いったい何が起こってしまっているのか・・・・
その瞬間、宅配が来た。ピンポーンと。えっ?これって何?と戸惑った。

番組の収録は、こんな時でも終わらせた。
事の大きさは、数時間後に知る事になる。
その日の夜は、ひとりスタジオに残り、帰る手段を考えていた。
母や妹たちとの連絡はとれたが、姪っ子と連絡がとれなかった。
なぜかTwitterのダイレクトメッセージを使い連絡を取った。
電話が通じないのだ。
夜になると、イギリスの友人から安否確認のメールが入った。
メールは確認できたのだ。
韓国からもアメリカからも、連絡がきた。


その夜は、麻布十番から目黒まで歩き、電車に乗れたのが深夜。
道路には歩いて帰る人たちの列が続いた。

そして1日1日経つごとに、東北に大きな傷跡をを残す事を知ることになる。
ラジオもテレビも異常事態を告げる日々。
あの揺れが、多くの命を奪い、多くの夢を流し去った。

今私は生きている。生かされている。
今、まだ不自由な生活を強いられている人たちがいる。
そして東北から横浜に引っ越してきた子供のいじめ問題を耳にした時に、
なぜ人間はあの時の苦しみを忘れてしまうのかと思った。
切ない。。。

新しい日本に変わらないといけない。
あの日のことをきっかけに。
新しい自分と向き合わなければいけない。
あの日を境に。
弱ってしまった自分を慰めるのではなく、
強い自分にならなければいけない。
たくましく生きていかなければいけない。

この日のことを忘れないためにも、メモとして残しておく。
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今泉圭姫子

Author:今泉圭姫子
ラジオDJ、音楽評論家、音楽プロデューサーとして、洋楽を紹介してきた。
また洋楽だけでなく、K−Pop紹介歴も17年になる。

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