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永遠のアイドルDavid Cassidy

3月3日Fm Cocolo「PiratesRock」では、畔柳ユキちゃんとイケメン特集を担当します。
私のパートの元祖イケメン・トップバッターはDavid Cassidy。
担当の野中規雄さんは、「スヌーピー、デヴィッド・キャシディ好きだよね」というぐらい、
いつも番組に出演させていただくときは、オンエアーしていました。
昨年リリースになったコンピレーションCD「The Boys 80’s」にも収録したかったのですが、
残念ながら許可がおりませんでした。

洋楽に夢中になる前、私はアメリカのドラマやイギリス、ヨーロッパの青春映画が大好きでした。
「小さな恋のメロディー」世代です。イギリス出身ではマーク・レスターが、
アメリカ出身ではデヴィッド・キャシディが大好きで、私の2大アイドルでした。
デヴィッド・キャシディはちょっと世代が上ですが、二人の共通点は甘いマスク、笑顔が爽やか、
でもちょっと悲しげな印象があったんです。
そういったアイドルを好きになるのは、その後アンドリュー・マッカーシーで最後でしたが・・・

「パートリッジ・ファミリー」を見て、デヴィッド・キャシディのソロ・アルバムを毎日聴いて、
ロックにのめり込むまでは、そんな少女でした。
この仕事を始めてから、甘いマスクとは縁が薄れましたが、80年代、デヴィッド・キャシディーが
UKだけでリリースした「LastKiss]という曲がヒットしました。これは85年最高位5位のヒットで、
仲のよかったジョージ・マイケルがヴォーカルで参加している曲としても話題になりました。
そんな時に、ロンドンでインタビューができるということで、まさかの初対面が叶ったのです。

この頃のデヴィッドは、髪をブロンドに染めていました。パートリッジ・ファミリー時代はブルーネット。
私はその髪の色が好きで、役名のキースに憧れたものです。
レコード会社の会議室で待っていると、ブロンドのデヴィッドが笑顔で部屋に入ってきました。
キースではないけれど、紛れもなくデビッド・キャシディーでした。

正直何を質問したのか覚えていません。
ただ最後に「こんなにインタビューで緊張したのは初めてです」というと、「そうなの?緊張することなんかないよ」
と笑顔で答えてくれたことを憶えています。
とにかく、右から見ても、左から見てもスターでした。
その当時でも私は相当の数のアーティストにインタビューしていましたが、ブラウン菅のスターへのインタビューは
まったく別物でした。キラキラ度が半端ないんです。
写真も撮りました。でも手元にありません。がっくしです。
インタビューした時はデヴィッドは35歳でしたが、まったく年齢を感じさせない、アイドル・スターそのままでした。

そんなデヴィッドが自らの口で「認知症」の発症を告白しました。
今彼は66歳です。まだ若いです。
この病気は年齢を重ねるごとに、誰もが恐れています。私もよく考えます。
そうなったらどうしたらいいのかを・・・
デヴィッドは母親の認知症を見てきただけに、自分もそうなるのではという恐怖があったということです。
今までツアーなどをしてきたデヴィッドですが、
コンサート中に歌詞を忘れるなどファンが心配するほどだったという話です。
「これからは自分は何者なのか、誰なのか、どうやって生きてきたのかにフォーカスしたい。
そして愛したい、人生を楽しみたい。」と言っています。

ずっとずっと、正統派スターとしてのアティテュードを崩さずに、スターとして存在してきたデヴィッド。
これからはゆっくり人生を歩いていってほしいです。



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今泉圭姫子

Author:今泉圭姫子
ラジオDJ、音楽評論家、音楽プロデューサーとして、洋楽を紹介してきた。
また洋楽だけでなく、K−Pop紹介歴も17年になる。

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